オーストラリアの首都はキャンベラ!でも、あんまり知名度高くないですね。^^;そんなキャンベラからごくフツーのオーストラリア生活をお届けしてます。


by johnnycake
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カテゴリ:旅行:日本 2010年( 13 )

歩行者地獄?

先日末っ子と二人で買い物に行ったのですが、ショッピングセンターの近くの横断歩道を渡ったところで末っ子が言いました。

「日本の横断歩道って、横断歩道の意味ないよね。」

これは、福岡での経験に基づいた発言です。日本到着の翌日、雨の中を実家の近くの電気屋さんに歩いて行ったのですが、途中の横断歩道で渡ろうと近づいた我々を見向きもせずにスピードも落とさずに走っていく車の多いこと。

横断歩道では車は歩行者を優先させて止まるもの、と思っていた子供達には衝撃でした。

横断歩道の両側にはちゃんと横断歩道の標識も立っているのに、どの車も全然止まろうとしないのでした。

背の高い連れ合いが先に立って渡り始めたら、ようやく車が止まりましたが、それもしぶしぶ。

本当に横断歩道の意味がないな、と思いましたよ。

そして、信号つきの横断歩道で、渡っても安全だとわかりきっているのに、じっと待っている人たちにもびっくり。

明らかに車が来ていない道の横断歩道が赤信号だったんですが、子供に限らず大人も皆じっと信号が青に変るまで待っている。オーストラリアじゃ車が来てなきゃ渡るよね、と子供達。

キャンベラは車社会だし、横断歩道と横断歩道の距離なんかはもう車で行かなきゃいけないんじゃ?というところもありますが、人が渡ろうとしている横断歩道で止まらない車はすごく顰蹙を買います。

これだけ歩行者の多い日本なのに、歩行者は肩身が狭いのね、と思いました。

それとも、これって福岡の田舎だけの話なのかしら?
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by johnnycake | 2010-10-22 18:47 | 旅行:日本 2010年
三ヶ月遅れの日本滞在記になってしまいますが、7月8日木曜日に熊本にあるグリーンランドという遊園地に行ってまいりました。

平日のしかも梅雨の予定だったので、どうかな、と思いましたが、日ごろの良い行い(!?)のお陰でか、当日は快晴。子供達にとって、遊園地は5年前の東京ディズニーランド以来です。

そして、夏休み前の梅雨の平日は5年前でも穴場の時期と言われてディズニーランドに行ったように、今回もやっぱり穴場でした。ディズニーランドは待ち時間はほとんどなかったものの、人はいたし、それなりに並んだんですが、このグリーンランドでは、この時期は超・ド・大穴場と言っていいかもしれません。ほとんど貸切でした。

開園直後に行ったのに、入り口ゲートがこの状態。誰もいません。

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乗るアトラクションはどれも並んでいる人もいないし、乗っても殆どの場合が我々だけ。各アトラクションの係員さんたちの数のほうが多いくらいです。この遊園地、とにかく広くてびっくりです。大観覧車から見下ろした遊園地、ね、誰もいないでしょ?

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ここまで人がいないと、気味が悪いよね、世界がこの遊園地を残して消滅したみたいだよね、とはしゃぐ子供達。人がいないお陰で並ばずに何度も乗りたいアトラクションに乗れたし、込んでいる時ならパスするようなのまで乗りましたからね。こんな小さな子供用のやつとかも。^^;

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乗ったアトラクションは殆ど全て我々だけが乗って運行するという状況で、これもまたかなり気味が悪かったです。

お日様の下結構暑かったこともあり、我々の中での一番人気はこちら。連続写真を並べてみました。

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これ、レインコートを着て乗るようになっているんですが、それでもずぶ濡れになるというシロモノです。かなり涼みます。

あと、避暑のために何度か入ったのが零下30度の部屋っての。出てくる頃には涼んでました。^^;

子供達がもう一つの超お気に入りだったのが、ガオーという恐竜型の超長いジェットコースター。いや、これ5回は乗ったんじゃないかな。しかし、連れ合いはかなりの高所恐怖症なので、これに乗るのに付き合わされたのは私でした。なのに何故連れ合いが記念写真に納まっているのか!?

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この遊園地でガオーと共に人気のあるのが二オー。この名前がまた笑っちゃうんですが、二オーは仁王様の二オーです。^^;色づけも毒々しく赤(というかオレンジ?)と黒。いかにも怖そうです。それにいざ挑戦すべく赴く三人の勇者たち(=娘たち)

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さんざんガオーに付き合わされた私、これには連れ合いに付き合ってもらうことにしました。高さそんなにないしね。だいたい宙ぶらりんで回転するって発想が怖いですよ、私は。このアトラクション、この遊園地の目玉のひとつらしいんですが、乗ったのは、ご覧の通り家の四人とあとカップル2人だけで、残りの席は空席でした。下の2つ並べた写真は、左の先頭に乗っているのが長女と三女で、右の写真で逆さになろうとしているところです。(この遊園地で初めてカメラの連続シャッターなるものを使ってみました。^^;)

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二オーを制覇したということで、記念写真。これは連れ合いちゃんと制覇しましたからね。感想は「あんまり速くて、自分がさかさまになってるんだかどうなんだかもよくわからなかった。だいたいずっと目をつぶっていたからな。」だそうです。娘達に大笑いされてました。

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この遊園地、結構お化け屋敷がいろいろありまして、これがまた比べてみると面白かったです。自分が子供だったら、嫌だろうなぁ、と思ったのが病院を舞台にしたお化け屋敷で、しかも、これ自分の足で歩かなきゃいけないんですよね。子供だったら、足がすくみそうです。

子供達には日本のお化けが出てくるお化け屋敷が面白かったみたいで、ろくろっ首なんておばけにも初めてお目にかかったわけです。いや、お化け屋敷で日本文化を学ぶチャンスがあったとは思ってませんでしたよ。

私も子供達もびっくりしたのが4Dお化け屋敷。3Dの映画がおばけ映画なわけなんですが、それにあわせて座っている席にいろいろとしかけがしてあるというヤツです。最初に椅子ががたっと動いたときは思わず叫んでましたからね。しかもかなり広い映画館には私と子供達だけでした。^^;

めいっぱい遊んだ一日。油断していて日焼けも結構しました。その時の足の日焼け跡がまだ残っていたりします。

次に遊園地に行けるのは、何年後でしょうね。
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by johnnycake | 2010-10-09 08:24 | 旅行:日本 2010年

有明フェリーと雲仙

ちょっと間が空いてしまいましたが、6月・7月の日本旅行の記録の続きです。

熊本では、父の故郷である玉名郡・長洲町にある ビジネスイン・うめさきに宿泊しました。

着いた翌日は、有明フェリーで長洲港から多比良港へ行き、そこから雲仙普賢岳が見えるところまで行こうという算段だったんですが、生憎霧で殆ど見えませんでした。

長洲港フェリー乗り場

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有明海

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雲仙ロープウェーで上まで行って普賢岳を見ようかと思っていたのに、なんとこの日はメンテナンスで運休でした。なので、しばらく散歩がてら山道を登って戻ってきただけでしたが、途中でちらっと山頂が見えたようでした。

ちらりとのぞく普賢岳

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立ち入り禁止の看板

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山道を降りる連れ合いと娘たち

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この有明フェリーには、祖父との思い出があります。夏休みに長洲町にあった祖父母の家に滞在していたんですが、私と弟達、そして小学校にあがったばかりの従弟の4人を祖父がフェリーに乗せてくれたのでした。

記憶では、祖父はフェリーの乗員に軽く会釈しただけでさっさと子供達を連れて乗り込み、運賃を払わなかったように思います。対岸に着いても降りず、そのまま長洲港まで戻ってきたのでした。祖父は長洲の小学校の校長をしていて、その時は既に定年退職していたのですが、多分あちこちで顔が効いたのでしょう。

当時ヒットしていて、弟達が大好きで歌っていた歌に、かまやつひろしが歌った「我が良き友よ」(注:音が出ます)という歌があり、幼かった従弟がこの夏弟達の歌うこの歌のとりこになってしまいました。当時の有明フェリーには甲板にジュークボックスが置いてあり、従弟が祖父にねだって何度も「我が良き友よ」をかけたことが忘れられません。
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by johnnycake | 2010-09-05 19:31 | 旅行:日本 2010年

那古井館

今回の日本行きのひとつの目的に、20年前の我々の結婚式に出席してくれた親戚と再会するというのがありました。

父方の実家は熊本なので、2回目の小旅行は親戚再会を兼ねて熊本に行ってきました。初日に80代の叔父叔母が集まって昼食を食べた場所が那古井館という由緒ある旅館です。

この旅館、あの夏目漱石が年末に滞在し、ここを舞台に「草枕」を書いたという旅館なのでした。

夏目漱石が滞在していていた建物は、現在の旅館の少し裏手のほうに名残をとどめていて、見学することができました。

下が漱石も入ったという温泉。手前が男湯、向こうが女湯になっていたそうで、ということは、裸の男性陣の傍を通って温泉に入りに行っていたということですね。これが、かなり小さい湯船でびっくりです。

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でもって、男湯女湯の間の仕切りがまた小さくておまけに結構大きな窓口も開いているし。当時の温泉って皆こんな感じだったんでしょうか。

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温泉から少し高くなったところに昔の旅館があったそうで、漱石が泊まった部分は復元されて入れるようになっています。

雨戸が閉まっていたので暗かったのですが、入ると電気がつき、床の間に漱石の上半身の人形が置いてありました。何故床の間に???

座敷には机があって、俳句のコンクールへの応募を呼びかけていて、紙や鉛筆が置いてありました。子供達、日本語も出来ないくせに応募するって。もちろん英語のHAIKUを書いたわけですが。^^;

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実は私、夏目漱石の「草枕」を読んだことがありません。これを機会に読んでみたいと思ったので、青空文庫からダウンロードしてきました。(青空文庫のトップ「草枕」のページ

日本から戻ってすぐアマゾンのキンドルを注文したので、それが届いたらキンドルで漱石の「草枕」を読もうと思います。

ところで、今回の別府・熊本への小旅行には、両親がレンタカーを借りてくれたんですが、それが、こちら、トヨタのVellFireという車です。8人乗り。新車ということもあってかなり快適でした。私も熊本でちょっと運転しましたが、すぐに慣れました。大きいゆったりとした車もいいですね。

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by johnnycake | 2010-08-13 22:01 | 旅行:日本 2010年

門司港に行った話

福岡まで遊びに来てくれたAさんを、小倉まで送って行って帰りの新幹線に乗せた後、連れ合いと二人で門司港まで足を伸ばしました。

門司港は、九州と本州の間にある関門海峡に面しています。平家と源氏が戦ったかの有名な壇ノ浦の戦いというのは、この海峡であったものです。

この日は快晴でした。門司港駅で降り立って後、レンタサイクルを借りることにしていざ出発。サイクリングロードが整備されている部分もあり、さらにレンタサイクルは皆電動アシスト付きだったので、快適でした。電動アシストありの自転車に乗ったのは初めてでしたが、これ、いいですね。

まずは関門橋の見えるところまで。

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対岸が下関市です。

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橋の下をくぐって、しばらく行くと、歩行者用の関門トンネル入り口というのに出ます。エレベーターに乗って降りると、歩行者が通れる関門トンネルというのを歩いて対岸に出られるのですが、時間もないしということで、我々は行きませんでした。

その代わり、関門橋を上から見下ろせる公園まで自転車でえっちらおっちら。電動アシストがあっても、かなりきつい坂で、結局最後は押して歩いてしまいました。途中で追い越した徒歩のおじさんに「お~、がんばってるね~。押してあげましょうか~。」と言われてしまいました。^^;

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坂道の傍には高速が走っていて、高速がそのまま関門橋を渡るようになっています。

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私の中の「門司」の記憶というのは、実は40年近く前のものです。福岡から東京に引っ越したときに、ここから電車が関門トンネルに入るのだ、トンネルを抜けたらそこは「本州」なのだということを聞かされ、実際に「もじ」という駅名を見たときは、ここが九州最後の駅だ、と思ったものです。

当時新幹線は新大阪までしか通っておらず、小倉から新大阪までは寝台列車に乗って移動したのでした。寝台列車も初めてなら、九州を出るのも初めてだった。そして、「新幹線」という超特急に乗ったのも初めて。新幹線ならすぐに東京に着く、と皆が言うのに、新大阪から東京までの長かったこと!(3時間って子供心に長いんですよね、ほんと)

その子供心に九州最後の駅だった「もじ」は、「門司駅」で、今回行った「門司港駅」とは違う駅だったというのは、実はずいぶん後になるまで知りませんでした。かつては交易で賑わった門司港も、やがて小倉の繁栄とともに廃れていき、さらに小倉も福岡に押され、と考えると、それはそれでおもしろい歴史ですよね。

その廃れてしまった門司港、最近は門司港レトロとして観光客をかなり集めているのだとか。

観光客ブームだからなのか、こんなのまでありました。

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この跳ね橋がその「聖地」らしいんですが、よくわからん、です。^^;

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古い建物も修復したりしたものがいくつもあって、門司港の豊かな歴史が感じられました。

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雰囲気としては、ハウステンボスと似てなくもない、かも…。

そして、門司港駅そのものが歴史的建造物なのでした。

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門司港駅の面白さは、歴史的建造物ということだけでなく、鹿児島本線の起点ということで、線路が駅構内で終わっていることです。終点駅のおもしろさですよね。
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by johnnycake | 2010-08-07 17:31 | 旅行:日本 2010年

5年日本に住んだら…

5年前にキャンベラから岐阜に移り住んだ友人家族があります。親は我々と同年代で、娘が2人。現在中学3年生と小学5年生です。連れ合いが「小学校の先生になりたい」、と育児休暇中に勉強を始めたことがあって、その教職コースで一緒になったのが旦那のAさんでした。

当時連れ合いもAさんも「主夫」をしていました。昨今はあまりめずらしくなくなりましたが、当時はキャンベラでも「主夫」はめずらしいほうで、子供たちを一緒に遊ばせたりして連れ合いとAさんはずいぶん仲良くなりました。

その後家族ぐるみでお付き合いしていたのですが、もともと仕事があまり好きではなかったAさんとその奥さん、何を思ったかJETプログラムに応募し、奥さんのほうが外国語指導助手として岐阜に派遣されることになったのでした。その後まもなくAさん自身も公立学校に外国語指導助手としてJET枠外で採用され、二人して学校で英語を教えるようになりました。

それが5年前です。日本に行く前は、日本のことを何も知らない一家でした。奥さんは日本語を少し勉強して行ったのですが、Aさんも子供たちも一言も日本語が話せない状態でした。

そんなAさん一家ですが、5年も日本に住んでいたら、嫌でも日本語が話せるだろう、と思うじゃないですか。ところが、です。週末に岐阜から福岡まで出てきてくれたAさん(皆が来るには費用もかかるし、泊まるところもないし、ということでAさん一人で来ました)でしたが、全然と言っていいほど日本語ができなかったのです。

これには、さすがに連れ合いもびっくりしていました。

Aさんによると、奥さんと子供たちは日本語が話せるんだけれど、自分は「日本語を勉強する時間がないんだ」、そうです。

いくらなんでも、5年ですからね~。ちなみに、Aさんは、今回岐阜から福岡に来るまで新幹線には特急券が必要だということを知りませんでした。車で移動することが多いからなんでしょうけれど、これまたびっくりでした。

5年もの間、まわりに住んでいる人々の会話がわからずにいるっての、なんかすごくつらそうなんですが、多分そういうのが気にならない性格なんでしょうね。友達はいるけれど、皆アメリカやアイルランドと言った英語圏から来ている英語教師の家族で、日本人の友達といえば、皆英語が達者な人たち。つまり人付き合いはぜんぶ英語ですませているってことです。

買い物なんかどうするの!?という私に「指さしていくらって聞けばいいんだ。」そうです。ひょえ~。

それって、住み始めて1ヶ月の世界じゃないですか?

連れ合いは日本滞在3週間弱で自分の言いたいことがうまく周りに伝わらない(=私がまともに通訳してやらない)ことに苛立ってました。(だったら少しは日本語勉強してくださいって。)Aさんのあまりの日本語のできなさに驚いた連れ合い、「もし俺が日本に住むんだったら、ある程度は日本語話せないと嫌になるよ、きっと。」と漏らしていました。

Aさんは、日本で車も購入していれば、住宅も購入しているのです。こういうのは、全部近所に住む英語教師の方に助けてもらっているそうです。学校からのお知らせなんかも当然読めないわけで、ちょっとでも難しい日本語の電話がかかってきたら、子供と代わるのだそうです。いやはや。

オーストラリアに移民してきた人たちでそういう人も確かにいないわけじゃないですが、そういう人たちってたいてい同じ国出身の人たちと集まって住んでいるんですよね。Aさんのように周り日本人に囲まれて住んでいるのに日本語ができないってすごい、と思いました。

まぁ、5年たってもそんなですから、この先何年たとうときっとAさんは日本語が話せるようにならないのだと思います。そういう生活体制ですもんね。ある意味全然日本語が話せないのに公立校で英語を教える仕事につけるという日本の就労制度にもびっくりですが。

オーストラリアの学校で日本語を教えるのに英語ができなきゃ誰も雇ってくれませんよ~。短期のアシスタントってんなら話は別ですがね。

近所のうどん屋さんは食券を買うようになっていたんですが、Aさんは、どれを買っていいのかわからず、私が買ってあげました。一人だったらどうしていたんだろう。店の人に写真指差して「どれですか?」で通じちゃうんでしょうね。それを5年もやっているというのが信じられない(まだ言ってる。^^;)。

そのうどん屋でひさしぶりに盛り上がるAさんと連れ合い。

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そして、うどん屋の安さといくら入れてもいいねぎとあげたまに感動する我々女性陣。

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福岡のうどん屋には必ずと言っていいくらい「山かけうどん」ってのがあって、東京じゃ見かけたことがないな、と思ったんですが、最近は東京でもあるのかな?おいしかったです。

ちなみに、下の写真で私の着ているTシャツは、別府の地獄めぐりで買ったTシャツです。この文字を訳してやったら子供たちと連れ合いが揃って「おかあさんがいつも子育てが大変だった文句言うのにぴったりだ!」と言い、満場一致(?)で購入決定となった代物です。
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by johnnycake | 2010-08-04 18:59 | 旅行:日本 2010年

実に贅沢な温泉経験

日本のあの蒸し暑さから一転して寒いキャンベラに戻ってきて、既に2週間たちましたが、まだまだ荷物整理も終わっていません。なんだかこのままスーツケース片付けられないんじゃないか、という気までしてきました。

荷物の整理ができないことの大きな理由(と言い訳ですが)は、季節が逆なので、日本で使っていた衣類が今現在キャンベラで必要ないということなんです。それでも、ぼちぼち何とかせねば…。

月遅れで日本での出来事を書くのも、あんまり遅くなると、月遅れどころか年遅れになってしまいそうで怖いですが、なかなか時間が取れません。^^;

前回書いた久住山への登頂の際に宿泊したのが、九酔渓にある「二匹の鬼」というところでした。ここでは、本当に贅沢な温泉経験をさせていただきました。

ここでの宿泊は、洋風のバンガローなんですが、個々の宿に露天風呂がついているのです。今回の日本行きまでは、露天風呂なんて、外が見えないようなところに数回入っただけの私でした。それが、別府の杉乃井パレスでは「棚湯」というホテル屋上にある露天風呂で別府の町を眺めながら湯につかるという経験をし、そのすぐ後で、この九酔渓です。

バンガローの裏のドアを開け、そこの階段を下りるとこれ↓です。

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そこから見える景色は、渓谷の向こう側。谷の下を流れる川の音が聞こえてきますが、川は見えませんでした。

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つれあいも、誰に気兼ねすることなくのんびり湯に浸りました。

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そして、この宿の食事がまた素晴らしかったです。月ごとに変るメニューだそうで、2晩お世話になりましたが、丁度6月30日と7月1日に宿泊したので、2晩違うメニューとなりました。

食事のいくつかをご紹介します。器も素敵だったし、盛り付けもさすが、でした。

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朝食には、目の前で魚を焼くようになっていて、これがまたすごい量でした。

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そして、目玉焼きも目の前でやってくれます。

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なんだか、一生分の温泉宿経験をさせてもらったような気がしました。
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by johnnycake | 2010-07-31 19:21 | 旅行:日本 2010年

久住山に登った話

日本から戻ってきて1週間になりましたが、ぼちぼち日本での出来事を追加していきたいと思います。

福岡の実家に滞在中に小旅行を2回しましたが、最初は別府・九重にそれぞれ2泊するというもので、九重に行った主な目的は、連れ合いの好きなハイキングをすることでした。願いかなって、我々の結婚記念日当日に久住山登頂を果たしました。

牧ノ戸峠登山口に車を止めて、そこから久住山の山頂まで2時間ちょっとの行程でしたが、幸いお天気に恵まれたこともあって、足元にそれほど気をつけなくても頂上まで行き着くことができました。

登山口の出発点からしばらくは、コンクリートの道が展望台のちょっと先まで続いています。ここがかなり急でして、それが終わるところまで来たらかなり登ったという感じがしました。↓は、コンクリートの道が終わりそうな部分から見下ろした駐車場です。

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しばらく行くと、沓掛山を通ります。ここでかなり道が細くなって、上りと下りがわかれていたりして、「ほんとにこの道でいいの!?」みたいな部分もありましたが、ここを通るとしばらく平らに尾根沿いの道を歩きます。

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久住山に登ったのは、7月初頭だったのですが、まだミヤマキリシマがかなり咲いていました。天気もよく、ミヤマキリシマも堪能できて、言うことなし、ですね。

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扇ヶ鼻分岐を過ぎて、かなり広めのゆるやかな上り道を辿り、見えてきたのが、下の写真中央右よりの久住山です。

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実は、全然予備知識なしに登ったので、久住山がどんな形の山だか知らずに行きました。これが見えてきたとき、連れ合いも私も大笑い。「この先まだあの急な山に登るの!?」ってなわけで。3人の娘達は、すでに先をさっさと歩いているし、ここまで来たら登るっきゃないでしょう。

一旦避難小屋のあるあたりまで下り、そこからかなり急な岩ばかりの道を登ります。途中、北九州から来ているという中学生の一行に会いました。150人という大勢が山頂から降りてきます。「変なガイジン」の連れ合いは、皆にHello!と愛想をふりまいておりました。

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頂上への道の半ばまで来た頃に上から呼ぶ声が。先に頂上に着いた長女でした。

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なんか、かなり遠くに見えたんですが、声は意外に近く聞こえました。

避難小屋からは見えなかった阿蘇山側が頂上へ続く尾根から見えました。視界が良ければ阿蘇山まで見えるそうなんですが、この日はそこまで視界はよくありませんでした。

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頂上にようやく到着、というわけで、長女が写してくれた記念写真です。

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山頂には、すれちがった中学校の生徒達を引率してきていた先生がいて、これまで生徒達を連れて何度かこの時期に久住山に来ているけれど、ミヤマキリシマを見たのは初めてだし、雨に降られなかったのも初めてだと言ってました。いや、私達、かなり運がよかったかもしれません。

この後、下の避難小屋↓まで降りて、連れ合いがずっと担いでいた昼食を食べました。

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この日は、両親も途中まで上り、最後の避難小屋から先は我々だけでしたが、思ったより大変ではなかった、と母は喜んでおりました。

宿に戻ってからのお風呂と食事のおいしかったことは言うまでもありません。
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by johnnycake | 2010-07-25 16:08 | 旅行:日本 2010年

戻って来ました

3週間の日本旅行から戻ってきました。福岡→台北(12時間待ち)→シドニー→キャンベラ、実家を出てより家に戻るまで合計34時間かかりました。いや、台北の12時間待ちは、結構きついものがありましたね。福岡に直接入れるから、と中華航空を選んだのですが、航空券を購入してからスケジュールの変更があり、当初5時間待ちだったのが12時間に伸びたし、機内泊は片道のみの予定だったのが往復ともになってしまったし、次回はお金がかかっても、せめて関空入りで、大阪一泊というのを真剣に考えたいと思いました。

まだまだ荷物の整理もついてませんし、他にも書き留めておきたいことがいろいろあるので、これからも2010年日本旅行についての記事はいくつかアップすることと思います。

今日から子供達は3学期(4学期制です)、連れ合いは仕事ですが、私は今日は休暇で、洗濯、荷物整理などに追われています。(ブログのエントリーアップはちょっと息抜き^^;)

今回の旅行では、あちこちで(特に子供達が)買い物をしたので、持ち帰る荷物が大量になってしまい、さらに、空港のゲートに行くセキュリティーでは、ウィスキーと梅酒が手荷物では持ち込めない、と言われ(液体200ml以上駄目というのは、知っていたのに、何を血迷ったか手荷物で持ち込もうとしていた我々)、あわててチェックインカウンターにひきかえして、追加の荷物の2つ預けました。

そのため、預けた荷物が9つになってしまったのですが、シドニー空港では、壊れ物のチェックに忙しく、9つ目の荷物を受け取り忘れました。しかも、それに気がついたのが今朝だったりします。(家に戻ったのが土曜日の夕方ですから、1日半気がつかなかったのです。)

忘れた荷物というのは、子供達が100均で買って、オーストラリアで使うのを大変楽しみにしていたビニール傘です。3本まとめて預けたのを、そのままそっくり受け取り忘れてキャンベラに帰ってきてしまいました。今朝雨が降っていて、学校に傘を持っていくという段になって、子供達が「あの透明傘が持っていける!」と喜びの声をあげたところで、私がはたと気がつきました。そういえば、シドニー空港で傘を受け取り忘れたじゃん!?

100均で一本100円だった傘です。合計300円の損です。全然大したことじゃないんです。しかし、受け取りを忘れていて、今の今まで気がつかなかったということがすごくショックでした。そして、あんなにあの傘を使うのを楽しみにしていた子供達のがっかりする顔がとても哀れでした。ま、他にもいろいろ買い物したし…。飛行機の中で傘は壊れてしまっていたかもしれないし…。

いっぱいあるお土産の中で、私の気に入りはこちらです。

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割合簡単なピアノの楽譜と、私にはちょっと難しいな、というもの、2冊です。どちらもジブリ映画の歌が入っています。左側は子供達も弾けそうなので、嬉しいです。

そして、日本に行っている間に我々の結婚記念日がありました。今年は20周年です。日本にいる間は、指が膨れてしまい、結婚指輪をはめていることができませんでした。3週間はずしっぱなしだった指輪ですが、キャンベラに戻ってきたら無事はめることができました。

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20年は陶器婚というそうで、日本で何か記念になる陶器を買おうね、と言っていました。最初は有田焼のティーセットなどを考えていたんですが、予定していた有田市への遠出は岐阜から友達が来たのでキャンセルし、結局実家近くのデパートでいろいろ物色するうちに、こちらの品物に出会いました。

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全部で6種類あるノリタケのトトロマグカップです。1・2月、3・4月というように季節に合わせて絵柄も作られていて、それぞれの誕生月のカップをマイカップとすることにしました。1個余りです。(それと、次女と私の誕生日がかぶるので、私はそのひとつ前の月のカップをマイカップにすることにしました。)

カップの中や取っ手の上にも絵が描いてあります。↓これは取っ手の絵柄6種。

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1個4000円近くする代物ですが、今回の訪日の記念に購入しました。これを無事キャンベラに持って帰ることができてホッとしました。

あれもこれもジブリというわけじゃなかったんですが、たまたま、購入したお土産の中にジブリ関係が多かったことは確かですね。それは、私と子供達と日本の接点がジブリだということなんでしょうね。
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by johnnycake | 2010-07-19 10:43 | 旅行:日本 2010年
うちの子供達は、ジブリの映画が好きです。それは、私がジブリ・ファンだからでもあるのですが。

その子供達、日本入りしてから、あちこちでジブリの世界が現実になったようだと大喜びです。

麦茶を飲みながら、「耳をすませば」の雫ががぶ飲みする麦茶の話をしたり、黒猫ヤマトの宅急便のトラックを見ては、「魔女の宅急便」を思い出したり。

ラーメンを食べて、「崖の上のポニョ」のそーすけとポニョが食べるラーメンに似ていると言います。

中でも、別府の景色には驚きで、ホテルの窓から見えた景色は、「千と千尋の神隠し」で、千尋がハクと出会う湯屋へと通じる橋にそっくりだとはしゃいでいました。

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橋のはるか下には川が流れていて、千尋の立っていた橋に似ています。電車は通っていなかったけれど。

そして、欄干には等間隔に映画と同じような灯りが。

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温泉の中に置いてある桶にも、湯屋の中にあったものと同じだし、釜じいがそこにいそうなボイラー室もありました。

宴会場は、カオナシが大暴れしたものと同じようだし、エレベーターに乗ったら、今にもおしらさまが乗ってきそうだ、と喜びます。

日本を舞台にしたジブリの世界って、子供達にとっては「異国」だったのだな、と改めて思った一幕でありました。

別府の地獄巡りは、それに輪をかけての異国への旅で、これは、20年ぶりに行った私も、圧倒されました。8つある地獄のうち3つにしか行きませんでしたが、こんな摩訶不思議な景色があるんですね…。

ぽこっぽこっと音をたてながら泥の中からあぶくがあがってくる坊主地獄。

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子供達が大喜びしたのが足湯でした。

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足湯のためにまた坊主地獄に戻って来たいと言うほど。

海地獄は、色が本当に綺麗でした。

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そして、ここにも足湯が。

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閉館ぎりぎりで入ったのが血の池地獄ですが、これは絵はがきで見るほど赤くなかったです。

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そして、ここの足湯はめっちゃ熱かった!足湯の床の部分に小石がしきつめてあって、この熱い湯の中小石を踏みながら歩くことこそが地獄だよ、と連れ合いが冗談言うほど熱い足湯でありました。

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by johnnycake | 2010-07-03 21:21 | 旅行:日本 2010年